魚沼コシヒカリ発祥の地・南魚沼
魚沼コシヒカリの中でも、特においしいとされる南魚沼のコシヒカリ。
コシヒカリは、戦後の育種事業の中で、
新潟県の南魚沼で奨励品種として採用されたことをきっかけとして、
米の粘りが強く甘みのある優れた品種として
一躍脚光を浴びることとなりました。
当時、茎が弱く倒れやすい、いもち病に弱いなど
育てることが難しく、他の県での試験栽培では否定的な結果が出る中、
南魚沼では先人たちの苦労によって、
見事栽培に成功しました。
これによってコシヒカリの種もみは南魚沼で栽培され、
日本全国に広まっていったのです。
平成10年11月、この偉業を讃え、記念碑が建立されることとなり、
その時の実行委員長が、コシヒカリに小学生のころから
関わってきたという、コシヒカリ農家の島田徳重さんでした。
島田徳重さんに記念碑の前で、島田さん自らが作られたコシヒカリと共に
記念撮影して頂きました。
石碑がお米の形をしているのがいいですね。
元実行委員長として、この場に立つのは
きっと感慨深いものがあることでしょう。

平成10年11月3日(火)の新潟日報に
記念碑の除幕式の記事が掲載されました。
当時の新聞の切り抜きをご紹介しましょう。
白黒写真ですが、石碑がまだ白いですね。
石碑の脇には、黒御影石に碑文が
刻まれています。
記事に「実行委員会(島田徳重委員長)」の記載があります。(クリックすると拡大します)
碑文の内容は、こんなものです。
先人たちの英断と
集落農家の継承を讃えて
昭和二十九年(1954年)四月二十日
南魚沼郡大巻村 大字 宇津野新田 字 古川に、
県農業試験場委託による原種決定現地試験の
種まきが行われた。
この越南十七号が後の全国一の高い評価を受ける魚沼コシヒカリである。
宇津野農事研究会の会員の手で、栽培管理および
収穫調査の結果、十a当たり五百十五kgの収穫量と
病害虫被害も無い極めて優秀な成績を得た。
翌年も継続実施五百三十七 kgの成績を挙げている。
両年の成績結果から、奨励品種決定と採種圃設置を見、
郡内各地の実証栽培に用いられ、広まった。
以来、四十有余年。魚沼コシヒカリが地域に与えた
恩恵は極めて大きい。
ここに先人の努力の偉業を讃え、顕彰する。
平成十年十一月吉日
宇津野新田区民一同
*採種圃とは、種もみを生産する圃場(ほじょう)のことです。
ちなみに圃場とは、水田や畑地、樹園地のことで、
この場合は水田になります。
こうして南魚沼で、コシヒカリの種もみが作られることに
なったのです。
